音楽と語学

 音楽の勉強は語学に似ています。

楽譜を読むこと、音を聴くこと、音楽の文法のようなルールを知ること、演奏すること、などなど、外国語を学ぶことに似ています。ということを、時々思っていたところ、乳幼児の発達について書かれた本に興味深い研究がありました。

 

 日本人は、英語の「r」(アール)と「l」(エル」を聞き分けるのが苦手と言われています。でも、英語を母国語とする人は、聞き分けれれます。一方、日本語にある促音(小さい「つ」)は、英語にはないので、英語圏の人たちには「来てください」と「切ってください」の区別がつきにくいと言われます。つまり、言語によって異なる音韻体系、音に対する感受性をもっています。これは、生まれつきではなくて、各言語、母語特有の音韻体系に適した知覚特性が育っていくわけです。

 

 トレハブ(Trehub)という研究者によると、乳児はどのような言語でも母語として獲得できるよう、特定の言語に依存しない柔軟な知覚を持っています。そのため、発達の初期は、母語の音韻にあるかどうかに関係なく、多くの音韻を弁別できます。(世界中には、800もの音韻があり、日本語には約20の音韻があるそうです。)

 

 その後、母語音声にさらされる経験が増すにつれて、母語の音声、音韻体系に適合する言語固有の形に「構造化」されていくそうです。つまり、赤ちゃんのときには聴き取れる、聴き分けられていたのに、いつの間にかできなくなっている、ということです。生育環境によって、精緻な知覚を必要にしない対象への感受性が低下する現象は、perceptual narrowingと呼ばれるそうです。

 

 音楽の拍知覚においても、生育環境に応じたperceptual narrowingが起こります。私たちが接している典型的な西欧音楽は、2拍子、または3拍子を基本とする単純な拍構造をもっています。一方、セルビアや、マケドニアなどのバルカン諸国の伝統的な民族音楽は、7拍子や、9拍子など複雑な拍子で構成されています。6か月の赤ちゃんと12か月の赤ちゃんとで実験が行われたところ、12か月の時点で、すでに大人と同じように自分の文化に影響を受けた拍知覚が行われていることがわかったそうです。音声知覚と同様に、乳児は音楽の拍構造に対しても、ある程度普遍的な知覚感受性をもって生まれ、生後12か月までに環境に適した拍知覚を獲得します。ただし、12か月齢児は、大人とは異なり、環境に合わせて、柔軟に感受性を再獲得できる、とも考えられています。

 

 つまり、2拍子や、3拍子、4拍子が自然であると感じることが「生まれつき」ではない、ということにびっくり!です。言葉と音楽、その双方が、生まれつき持っているものと、環境によって育てられるものがあり、その環境というのが、その国の文化であるということについても、共通点があるわけです。音楽を学ぶことは、やはりもう一つの言語を学ぶことに似ています。